インタビュー 味の素 森島千佳さん × プロコーチ 植田裕子「組織で働く人の葛藤」

Profile & Prologue

森島千佳さん

森島千佳さん プロフィール

1963年生まれ、滋賀県出身。1986年お茶の水女子大学文教育学部卒業後、味の素入社。90年に総合職に転換。調味料部、加工食品部等で商品開発を担当。その後ダイレクトマーケティング部長を経て、2015年より執行役員。家庭用事業を担当。

植田裕子

植田裕子 プロフィール

1963年生まれ、東京都出身。1986年早稲田大学第一文学部卒業後、味の素入社。2003年社内研修でコーアクティブ・コーチング®に出会い衝撃を受け、その日の晩に基礎コースに申し込む。2004年味の素を退職、翌年プロコーチとして独立。

はじめに…

最近、組織で働くクライアントさんが増えていることもあり、あらためて「組織で働く人の葛藤」というのを感じています。上司と合わないとか、部下が思うように動いてくれないとか・・・。そんな現場にいる人の生の声を聞いてみたいと思いました。

その中でもなぜ森島さんにお願いしたかというと、話をするといつも人、大抵は部下のことになり、人を大事に思っているのを感じていたからです。だから今日は森島さんがどんな思いで仕事しているのか、ご自身の意識が変わったのはどんな経験があったからなのか、そんなことを聞かせて欲しいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

Contents

環境や立場が人を育てる

森島:はい、よろしくお願いします。なんか緊張しますね(笑)。
私は「環境や立場が人を育てる」と思っています。まず環境という点で実感したことからお話しますね。

私、若いころは「仕事は会社の中の業務」だと思っていました。コンソメの開発とかやらせてもらい楽しくて好きだったけれど、仕事は業務だと思っていたんです。

それが、通販の事業を担当し「自分のやっている事業って商売なんだ。」と実感したんです。自分の開発した商品を、(通販なので)お店に売ってないから「ここにあるよ」と広告でお客さんに見つけてもらって、注文してもらって、商品をご自宅までお届けして、その代金を払ってもらう。未収の心配までしないといけないんです。自分の仕事が、商品開発というように事業の中のパーツじゃなくて、一連の流れのある商売というレベルで考えられるようになったのは、そういう環境に追い込まれたからでした。決して私の意識が上がったからではないんです。

植田:大きい事業の一部分を担当するのではなく、小さい事業を通しで担当したからこそ、生まれた感覚だったということですね。

森島:はい、それは実感です。
もう一つ、「立場が人を育てる」を実感した経験は「通販事業の部長をやれ」と言われた時です。
それまでも実務的には任されていたのですが、部長って実務以外の対外的なこともしないといけない。経営に対して話をするとか、人事のこととか、そういうこと、私全然やりたくなかったんです。

そうしたら、上司に「お前、自分のことしか考えてないな。」って言われたんです。「お前が部長になって喜んでいる人がたくさんいる。社内だって応援している人がいっぱいいる。そういう人のことを考えたら『自分は嫌だ、実務だけ出来ていたら幸せ!』ではなく、周りの人がどう思っているのか、もう少し考えろ!」って言われました。怒られたって感じなんですけど、実際「その視点、まったく欠落している。」と思いました。

植田:「自分が」から、「自分が影響を与えている世界が」に、まさに視座が上がった経験ですね。
今のエピソードは上司の口調も含めて、森島さんがまわりの人たちといい関係を築いていたというのが伝わってきますね。

今まで気づかなかった
自分の一面

植田:部長になってからは何か変化はありましたか?

森島:私「すごく部下が可愛い!」って思ったんです。
自分の中にこんな気持ちが湧き起こってくるなんて思ってもみませんでした。私は一人っ子だし、友達と旅行しても姉御肌でもない。自分の中にそういう気持ちがあるとは想像もしていませんでした。

実務を一からやっていてみんなのことが見えたこともあったのだと思いますが、「私、こんな気持ちになるんだ!」って、それは私自身が一番ビックリした経験でした。

そんな風に環境的に追い込まれたり、立場を与えられたりした時に、自分の中で初めて気づいたり、今まで気づかなかった自分の一面が引き出されることがあると実感しています。
だから若い人に意見を求められる時、「やるかやらないかを迷って本当にどっちか決められないと思っているのなら、絶対にやった方がいい!」って言っています。

植田:経験に基づく言葉は力強いですね。
私もコーチとして、まさに森島さんの言うように「立場や環境が変わった時」が「人が育つ時」だと感じます。それは他の言い方をすると「意識の変化が起こりやすい時」なんだと思います。

個人でコーチをつけるきっかけもそういう人が多いし、会社の人事がコーチをつけようとするのもそのタイミングのことが多いですね。立場が上がった時って、今までの仕事のやり方の延長線ではうまくいかなくなることが多いのだと思います。そんな時、暖かく見守って育ててくれる環境があれば、少し時間はかかっても自分で乗り越えていけると思います。

でも、すぐに結果を出すことを期待されて過度にプレッシャーを感じてしまったり、異動して人間関係が出来ていなくて、やることが空回りしてしまう、そんな状況に陥りやすいと感じています。

森島さんの場合は厳しいことを言ってくれる上司の存在とか、可愛く思える部下がいるという人間関係が素晴らしいですね。

エンパワーする

植田:部下を「可愛い」と思えるようになって、それまでと何か意識や言動は変わりましたか?

森島:部長になる前も総括をやっていたので、日々の仕事の関わり方に変化はなかったかもしれませんが、立場としてエンパワーするような発言しようと思うようになりました。
全体に話す機会がある時にはエンパワーすることばかり考えているかもしれないですね。

植田:自分が何とかするのではなく、他の人たちが何とかしようと動いてくれるようになって欲しいからこそのエンパワーですよね。森島さんのそういう意識と関わりが部下を育む土壌になっているのだと思います。

植田:そして一昨年(2015年)、また大きな異動がありましたね。

森島:はい、ポジションも担当する事業も変わり、今は新しい試練です。今は部下が100人くらいいるし、現場の細かいことをすべてわかっていてやるのとは勝手が違います。
以前は新規事業で組織も新しいし小規模だったので、みんなとの距離がすごく近かったのですが、今は大きな組織ゆえ階層があるから孤独感もあります。でも、ますますエンパワーしないといけない。

コーチングで
自分の気持ちを語る

植田:苦労の質があきらかに変わりましたね。

森島:大きい組織だからこそ、変化を起こすことってすごく大変。伝統もあり守りの意識も強い組織だから、変えたいと思っている私にとってリーダーシップを発揮することはすごく難しかったんです。
だから、その時会社で1年間受けたコーチングはとっても有益でした。やりたいことがあり組織を変えたいと思っているのにうまくいかない、そんな自分のリーダーシップについて悩んでいるって、まわりには相談できないじゃないですか。

森島:そんな時だったから、コーチングで自分の気持ちを語ることはすごく有益でした。

植田:残念ながらその時コーチングしたのは私ではないけれど(笑)、森島さんが「コーチングが有益だった」と言ってくれて、すごく嬉しいです。

自分の気持ちの棚卸し

植田:「上司や先輩に相談する」のと「コーチングを受ける」の違いは何だと思いますか?

森島:上司や先輩に相談することもありますが、お忙しく責務も重い方なので、一事業部長の悩みで心配をかけてはいけないという遠慮はありますね。あとその人との関係性によって変わりますが、自分の性格や価値観をすべてわかってもらえている訳ではないという想いもあり、本音にすこしオブラートをかけて話す感じもあると思います。コーチングには、その遠慮はないし、自分の価値観、考え方を理解してもらうことから始めたので、本音&直球で話せました。

森島:それから、コーチングは意見をもって話をする必要がないことも大きかったと思います。仕事の場で相談に行く時には自分の考えを持って話に行くのが基本だと思っているので、相談する前に準備も要ります。考えをまとめることをまずは意識せずコーチングの場で素直な自分の気持ちの棚卸しを丁寧にできたことは、自分のやりたいことや課題の本質が見えてくるためにとても重要なことだと思いました。さすがに気持ちの棚卸しまで、どんなにいい人間関係であっても先輩や上司に付き合ってもらうことはしないですからね(笑)。

植田:確かにそうですね(笑)。
私は、いま森島さんが話してくれた「コーチングの場」がとても貴重だと思うんです。自分の話を「評価・判断のないスタンス」で、「興味をもって聴いてくれる」って実はなかなかないんですよね。

植田:そういう風に聴いてもらうと、人は安心して自分のことを語りだし、自然と内省が進み、何かに気づいたり、覚悟を決めたり出来るんです。ただ、日常ではなかなかそういう対話の機会はないと感じています。相談されたら、よかれと思ってアドバイスしてしまうのは人の性でもありますよね。

どんな仕事でも
関係性が仕事をする

植田:最後に、森島さんの今のチャレンジは何ですか?

森島:家庭用事業部長として100人近い人が乗った船を率いる力はまだまだだと思っています。小さい組織で出来たことと、やり方は違いますよね。例えて言うと、前はモーターボートの船長でした。わいわい言いながら操縦桿も一緒に握らせてもらっていました。
今は大きな戦艦の船長で、操縦桿は握らせてもらえなくて、船長室で報告聞いて「こっちにいこう!」って決めていかなくちゃいけない。大きい船だから転覆はしないけど、氷山にぶつかるかもしれないし、機動力は弱いんです。
私は戦艦だとしたら、そこから戦闘機を飛ばす空母になりたい。どこに氷山があるか、どこがブルーオーシャンかを実際に目で見てきたり、たまには「釣りもしてこい。」と言いたいんです。今も総括やグループ長には言っているけれど、まだまだ十分じゃないと感じています。

通販事業で商売を考えられるようになり、部長になって部下を可愛いと思えるようになりました。今はその大きいバージョン、まだもがき苦しんでいるけれど、2年経つ中でどんどん部下が可愛くなってきました。
どんな仕事でも関係性が仕事をするところありますよね。「この人のために」と思って言ったことも最初はなかなか伝わりませんでした。徐々にそれが伝わる関係性が出来てきたのかなと感じています。

植田:「どんな仕事でも、関係性が仕事をする」
さすが、大事なポイントをとらえていますね。私がコーチとしていろんな組織のいろんな人に関わらせてもらって、確信していることがあります。

成果を出している組織の長は、部下のことを信頼していて、仕事を任せていて、部下のことを嬉しそうに語る方が多いんです。そして、その部長の在り方そのものが、部下には「信頼されている」「頼りにされている」ということが言葉以上に伝わり、エンパワーしているのだと思います。そんな組織は一人一人が自立していて、同時にみんなの目指す方向は合っていてパワフルなんですよ。

コーチとして関わらせてもらう中で、クライアントさんの意識が変わることで、周りの人への関わり方が変わり、本人も周りも幸せになっていくのが感じられると、本当に嬉しいですし、微力ながら社会貢献出来ている喜びを感じます。そして、コーチとしてやれることはまだまだあるなとも思っています。今日はありがとうございました。

(インタビュー/撮影:2017年7月9日)